ベイクドモチョチョ(琴葉姉妹の小話)

「う~。さむさむ…。

 葵~、おやつ買ってきたで。」

 

とても寒い日だった。ここいらでは見ることすらめずらしい雪がちらちらと舞い踊る冬の日。こたつから脱出することが非常に難しいミッションとなる今日という日、私は見事姉を得意の対戦ゲームで完膚なきまでに叩きのめすことに成功した。晴れてあたたかなぬくもりの中でまどろみ、姉がかじかむ手をさすりながら机に置いた茶袋の中の甘味を全くの労せずして享受する権利を手にしたのであった。

 

「今日は何買ってきたの、お姉ちゃん。」

 

私がそう尋ねると、待ってましたと言わんばかりに姉がにやりとほくそ笑む。真っ赤に頬を染め、何かが鼻の下にきらりと光る(あくまで、何かだ)姉の顔はいつもよりもいじわるな、けれども楽しそうな、無邪気な子供の顔をしていた。

 

「なんと!聞いて驚け葵、

 これが令和の最新スイーツ、ベイクドモチョチョや。」

 

自慢げに袋から茶色い菓子を取り出して掲げる姉。とりあえず鼻の下の何かをどうにかして欲しくて、ティッシュを何枚か取り出し菓子を受け取るかわりに姉に手渡すと、恥ずかし気もなく当たり前のようにそれを受け取り姉は鼻をかんだ。こういうところが油断しすぎなんだよなと呆れるような心配なような気持になる。さておき、まん丸い茶色の円柱型をしたその菓子は、どうみても私たちが幼少のときから慣れ親しんでいるであろう、あれだった。

 

「ベイクドモチョチョって…どうみても大判焼きじゃない。」

 

よく見るフォルム、かぎなれた香り、ほんのりと指に伝わるあたたかさのそのすべてはそれが大判焼きであると私に全身でアピールしてくる。なにより、ベイクドモチョチョとかいう令和臭いネーミングが昭和の素朴な顔をしたこの菓子にあんまりにも似合わなくてなんだか笑ってしまった。

 

「葵は遅れとるなあ、今はベイクドモチョチョって言うんがトレンディなんやで。」

 

トレンディ、とかいう最新なのか死語なのかわからない単語を使ったのはわざとなのだろうか。いや、おそらく何も考えていないのだろうと袋の中身をお皿に並べる姉の顔を見て思う。大判焼き、いや、姉曰くベイクドモチョチョとやららしいあの菓子は、昔から私たち姉妹の好物で、私たちが姉妹であることをちょっぴりしあわせな気持ちにしてくれる。ためらいなく半分に割ったベイクドモチョチョをひとつづつお皿にのせてもらう。片やなめらかなあずき色の餡子がたっぷりと詰まっており、片やあずき色の餡の中にざらりとした皮が残っている。まあ、ただのこし餡と粒あんというだけの話なのだが。

 

「いや~~ほんまに大判焼きはおいしいなあ、葵~~。

 やっぱお姉ちゃんは粒あんが好きなんやけど、どうしてもこし餡も食べたくなっちゃうんよなあ、困った菓子やで、ほんまに。」

 

ぱくりと粒あんのベイクドモチョチョをひとかじりした姉が幸せそうな顔をしてこちらを向く。とろんと下がった目じりや緩んだ頬を見ると、こんなにも菓子ひとつで甘い甘い表情ができる姉は何かしらの天才なんじゃないかしらとさえも感じる。

 

半分づつに分けられたベイクドモチョチョ。当たり前のようにこし餡と粒あんを買ってくる姉。この当たり前が私にとって幸せで当たり前な、あたたかな光景なのだ。

 

 

 

 

ベイクドモチョチョ

 

(ところで、ベイクドモチョチョって言うのもうやめたの?)

(あ、ほんまや。)

 

 

 

ベイクドモチョチョの話がTwitterで上がってたので書きたくなりました。

紫いも餡派です。